| 閑話休題6 雅号「鴎外」の由来(追加) |
鴎外の雅号に関する俗説を発見したので報告します。岩波書店『座談会 明治文学史』で柳田泉氏の発言がそれす。
ところがその女中の名前がお梅さんというので、号についての俗説がそこからもでているので、鴎外の号がこれに関連するのだという。お梅さん、即ち小梅が、そのころ竹屋の渡しといった場所の所の上に鴎の渡しというのがあったが、─吾妻橋の少し上にあたるのですが─鴎の渡しの外がお梅であるというので、そこで鴎の渡しの鴎をとって鴎外という俗説が伝わっているくらい、お梅さんという女性のことを長く忘れないで考えておったということも伝えられているのです。これは鴎外が理知的な人間ではなく、純で感情的な人物でなかったかという話の例に出された話です。10代はじめの少年時代鴎外は日本の哲学用語の創始者で同郷人であった西周の家に寄宿し、授業料も負担してもらうのですが、彼の日記の中に「林太郎(鴎外)がどうも女に惚れっぽくて困る、うちの女中を追いかけ回してしょうがない」という記述がみられるそうです。現在その日記は紛失して真偽のほどは定かでないそうですが、本当であるなら鴎外の意外な一面を見た気がします。
参考文献:吉野俊彦『鴎外・五人の女と二人の妻』ネスコ