閑話休題7 鴎外の子供の名前その2
回は鴎外の子供について話しました。鴎外の子供の名前は外国語を漢字で当てはめたものでしたね。それでは、その息子の子供たちは、鴎外にとっては孫に当たりますが、どんな名前が付けられたのでしょうか。

外の子供は4人います。そのうち唯一赤松登志子との間に生まれた異母兄弟である長男於莵(オットー)は親の意志を継ぎ、医者になりました。そして5人の子供を生みます。それには真章、富、禮於、樊須、常治となづけられました。分かりますね。これも実は西洋の名前なのです。右から順にマックス、トム、レオ、ハンス、ジョージと読みます。

でも真章は鴎外が直接名付けたようで、その由来は鴎外が独逸留学時代にミュンヘンで師事した、マックス=ペッテンコーフェルの名前からとったそうです。

莵とは異母兄妹である茉莉もまた西洋の名前を付けているようです。彼女は仏文学者山田珠樹と結婚し、2人の子供を設けるのですが、それぞれに爵(ジャック)、亨(?)と名付けています。

女杏奴は法律家の小堀四郎と結婚し二人の子供を設けますが、その名前は桃子、順一郎と日本では一般的な名前です。

男、類には4人の子供がいるのですが、これは古風な名前で、五百、佐代、りよ、哲太郎といいます。

うして並べてみると面白いことに気づきませんか。この順番は、鴎外が辿った文学の変遷のようではないですか。鴎外は独逸留学から帰国後、独逸3部作を発表し、小倉左遷後、現代短編小説を出しました。その後は次第に歴史文学、史伝へと傾倒してゆきます。

外研究家の中には、於莵は鴎外の研究家としての人生を代わりに生き、茉莉は文学者としての鴎外のその後のようだという人もいます。。私にはこの鴎外の子供達の名前も為を感じてしまうのですが、考え過ぎでしょうか。

の鴎外の子供達は最後の生存者である杏奴氏が今年(1998年)亡くなった為、今はもう会うことが出来ません。

後に、於莵や茉莉の孫達にはどんな名前が付けられたのでしょうか。西洋の名前で付けるという伝統は残っているのでしょうか。その疑問だけを提示して今回は終わりにしたいと思います。調べ次第またこの閑話休題に載せたいと思います。

(12/6 ’98)